1.はじめに
>本稿ではまず多数のミニチュアサイズの自走ロボットにより組織される精密生産システムの基本構想について述べる。ここで紹介する小型の自走ロボットは精密測定用のセンサ、精密作業用の工具機器、精密移動用の駆動力発生素子などから構成されており、従来の汎用機械と共存しながら精密な生産を実施するように組織されることを目標としている。ここでは平面だけでなく壁面や天井面をサブミクロン以下の分解能で移動するように開発された幾つかの超小型ロボットとその基本性能などについて述べるとともに、実際に精密作業を実行した結果について説明する。
2.研究の背景
>これまでに光学部品を超精密に加工するダイヤモンド加工機あるいはLSI用の半導体製造装置などの数々の高精度生産技術が開発されてきたことは周知の事実であり、これに対して膨大な研究開発経費が投資されてきた。ここでこれらの工作機械や測定機械の性能、特に空間位置決め精度に注目すると、これは機械の基本性能を決定する重要な要素であることが知られている。これは工作物や測定物の形状精度が工具やプロ−ブの空間移動あるいは位置決め精度で決定されるからである。(一般に前述の機械では工具・プロ−ブの空間移動軌跡により工作物の形状が創成あるいは認識される)
図1に工作機械、測定機械、先端的計測機器および各種携帯工具に関してその大きさと空間精度の関係を示している。通常の転がり軸受あるいは静圧軸受と精密送りねじや摩擦駆動機構などを有する床置き型の機械装置はおおよそ500mm
立方以上の作業空間内で数μmオ−ダの空間精度を持っている。さらに寸法に対する公差が問題となるような“超精密”を実現しようとする場合、静的な運動精度や部品の幾何学的精度だけでなく工具/プロ−ブと対象物との間の剛性やわずかな振動に対しても注意しなければならない。そこで高剛性、高減衰性を持つ材料や極低熱膨張材料を用いる方法あるいはコンピュ−タを用いた誤差のソフトウェア補正
あるいは精度計測システムとアクチュエ−タを含めた閉ル−プ制御などの効果的な種々の方法が機械精度の向上に適用されてきた。さらに環境外乱の影響を抑えるために、ある種の機械では恒温用の空調ユニットおよび熱ドリフトを防ぐスピンドル軸冷却装置あるいは除振台や音響遮蔽用の囲いなどが使用されている。これらの方法は“超精密”を実現するためやむを得ないことであるが、同時に莫大な開発経費と維持費が必要になることは言うまでもない。
一方、試料の表面性状を原子・分子の分解能で観察あるいは加工可能な走査型トンネル顕微鏡(=STM)や走査型力顕微鏡(= SFM)などが最新計測機器として開発されている。それらの機器は従来の機械に比べるとその大きさが非常に小さく、図1にもプロットされるように手のひらの上にのせることができる。このことはミニ機構のように機械構造部品が小さいほど超精密領域に有利な“高い機械的安定性”を得やすいことを意味している。(機械構造のル−プが短くなることの第一のメリットである)
そこで我々は前述の従来型の機械の超精密化を別の方向からアプロ−チすることを考えた。つまり超小型機構に精密作業機能を持たせ、これが従来型の工作機械や測定機械では簡単には達成が困難な超精密領域をカバ−するようなシステムである。
これはまた従来型の機械と相補的に使用することで超精密作業を効率良く実現することも意味する。このようなシステムではスケ−ルダウンされた機械を用いることによるコスト低減の効果も大きいことが期待される。さらに最近ではシリコン製造プロセスに基づく“マイクロマシン技術”が注目され、この技術では機械そのものが極端に縮小されており、さまざまな潜在的応用が検討されていることもしばしば報告されている。
すでにSTM技術では通常数μm程度の作業範囲を広げるために数々の新しい設計が試みられている。その1つの方法としては“尺取り虫”式の移動機構(13)
や摩擦・慣性力(14)を利用するものが知られている。これらの機構はプロ−ブや試料を単純な動作原理により精密に目標点へ位置決めすることができるが、その動きはほとんど平面かあるいは精密に仕上げられた案内面上に限定される。いずれにせよ拘束条件が少なく、空間のどこにでも移動可能な超小型の自走機械ができれば、従来の機械システムでは接近が困難であった場所にも容易に到達し、所定の超精密作業を実行させることが可能になると考えられた。
次章では精密加工、測定あるいは操作機能を有する超小型機構の基本的な考え方を述べる。ここでは平面だけでなく壁面や天井面をμm以下の分解能で移動可能な超小型自走機構を説明し、それらに微細切削工具や微小センサ−などを搭載した例について紹介する。
3.基本構想
図2は我々が目標としているシステムの全体像を示している。多数の超小型ロボットが作業対象物上で“精密作業に関する作戦”を展開している。ここではそれぞれの小さい機械をまず末端のCPUで制御しており、それらのCPUの幾つかがまとまって上位のCPUにより管理されている。そしてこのまとまりをさらに上位のCPUが統制しており、操作者はこの最上位のCPUに作業内容を“相談”することになる。同時にここで使用される計測機器、例えばCCDカメラ監視装置やレ−ザ干渉測定システムあるいは超小型センサなどで得られた情報を各層へフィ−ドバックできるようにCPUを介して接続されている。そのため必要な機器制御や動的位置などの情報は常に各層のCPUに提供されており、必要に応じて作業の修正や精度向上に利用できる。また超小型の測定ステ−ションも考えられており、局所的な位置の監視が可能になると予想される。
最下層のCPUは超小型ロボットに搭載できるほど小さく、しかも機器制御モジュ−ルとI/Oポ−トを介して通信制御機能を有することが理想的である。(=反射行動のような単純な動作だけで良ければすでに試作機も市販されている。しかし生産行動のようないわゆる”賢い動作”を期待する場合、これを実現するためのCPU、メモリ、I/Oモジュ−ルはかなり大きくなり、1994年時点でこれを実現することは極めて困難であり、このような用途に向けた集積技術が切望される。
前述したシステムはマクロサイズのフレキシブル生産工場の階層構造をスケ−ルダウンしたものに相当すると考えられる。このような観点から見ると、操作者が要求する作業をどのように計画し、そのスケジュ−ルを考え、効率的に超小型ロボットに作業をさせるかが問題となる。すなわちトップダウンで伝達される“大局的な計画”とボトムアップで伝達される“詳細な現場情報”をいかに調和させるかと言う問題に帰着すると言えるが、ここではこの問題については言及せず、まず機構の移動性能を中心に議論する。
図3には前述した超小型精密ロボットを用いた応用例を示す。各種の精密機能を有するこれらの小さいロボットが通常の産業機械のア−ムでは届かない所にまで進出し、微細作業を行うことが想定される。またさらに別の例として図4では荒加工、測定、仕上加工の機能を有する3台の超小型ロボツトが一列になって対象表面上で作業している様子を示す。これはいわゆる“連続処理”として定義することができ、従来では考えられなかった微細加工・測定方法の出現と同時にこれを実行するための制御方法を検討する必要が出てきたと言える。
4.小型の精密移動機械
>前章で述べた構想に向けた第1段階として、我々はまず平面だけでなく壁面や天井面を精密にしかも自由に移動可能な小型自走機械について検討を行った。圧電素子を用いた“マイクロウォ−カ−”の幾つかの設計が既に試みられていた。しかしこれらの多くは滑らかな水平面かクランプできるような仕上げられた案内溝上での移動に限られている。そこで我々はゴルフボ−ルの大きさを目安とし、図5に示すようにクランピング用の電磁石と推進用の圧電素子から構成される簡単な自走機械を製作した。ここでは小さく作り込むことよりむしろ傾斜面を含む自由曲面を精密に移動できることを第一の目標とした。現時点では完全に超小型化された部品をすべて揃えることは困難であるが、基本的に小型化機械の可能性はより高密度化した部品が利用できるか否かによる。そのため我々はできるだけ研究室にある部品やすぐに入手できる材料を利用し、壁面や天井面を精密に移動・位置決めできる機構の製作に重点を置いた。本体は約50gの重さで、1対の積層圧電素子(市販品)と手製の2本のU字形の電磁石で作られているが、バッテリ−やコントロ−ラは搭載していない。そのため有索による電力供給・遠隔制御である。しかしながら圧電素子の伸縮と電磁石の励起を同期させると尺取り虫のように微細な歩幅で移動させることができる。さらに左右の圧電素子の振幅を変えることで左右に旋回させることも可能である。
このことにより移動対象物は鉄系の材料に限定されるものの前者の形式では良く仕上げられた平面上を、また後者は自由曲面を移動することができる。この時、注意深く磁力を制御する必要がある。なぜなら脚と面で発生する摩擦力が機械の自重を支えられるように適当な吸引力が与えられなければならないからである。しかしこの力はスム−ズな動きを妨げるほど大きくなってもいけない。さらに圧電素子からの発生する推進力が作用する時にすべりが生じないように電磁石による吸着力を瞬間的に増大させる必要がある。我々の設計ではこの能動的な足に使用する電磁石のコア材の特性や形状、電線の巻数などは自重当りの発生力ができるだけ大きくなるように選択している。もちろん電磁石の発熱の問題は機械的に大きな損傷を与えるおそれがあるため、できるだけ少ない電流で動作させなければならないことは言うまでもない。図6に試作した自走機械の移動性能を示す。S字曲面(=曲率半径4cm)を移動することに成功している。この場合は、約100Hzで励起しており、2mm/sの移動速度が得られている。最大速度は約10mm/s程度が得られている。
5.微細加工と精密測定の試み
5.1 予定される機能
現実的な精密作業への応用を達成する場合にも、多くの問題を解決しなければならない。ここでは現在開発を行っている加工と測定機器の搭載に焦点を絞って述べる。この他にも必要性が生じればそれに応じた作業機器あるいは機能を搭載することができるため、原理的には高い拡張性(=高い繁殖能力?)を有している。同時に小型で部品点数も少なく製作コストが安価であるため、要求に即応した試作が容易であること(=短い世代交代サイクル?)も特徴の一つである。
5.2 表面粗さの測定
図7に表面粗さ測定用のスタイラスを搭載した自走機械を示す。この機構は測定スタイラスを搭載する“荷台”とこれを精密に移動させる“牽引車”により構成され、これらは細い弾性ロッドで連結されている。小型自走機械はカンチレバ−先端に取り付けられたダイヤモンド触針(R=5μm)を表面に軽く押し当てながら移動する。この時、表面の凹凸によりわずかに変形するカンチレバ−のたわみがLED、マイクロレンズで誘導された光ビ−ムが反射し、位置検出用センサ上でのスポット変位として捉えられる。表面粗さを測定することができる。超小型ロボットが移動する時、本体自身が変形するのでその測定部は測定面に対して常に安定な姿勢をとるように3本脚構造により支持されており、スキッドとして機能する。一方、小型自走機械の空間位置は上方よりCCDカメラで観測し、画像解析装置[エムテック製、Video
Tracker MVA2084)により対象イメ−ジの処理・抽出・座標値獲得(画面内分解能 = 5000 x 5000)を瞬時に行えるようになっており、図8に示すようにこの位置情報と表面凹凸を再度統合することで自走機械の軌跡に沿った表面トポグラフィ−を得ることができる。図9に測定例を示す。
5.3 精密刻線加工の閉ル−プ制御
さらに図10のような微細な切削加工を行える小型機械と超小型の光学式精密距離センサ−を搭載した自走機械製作も試みた。小さい加工装置はマイクロステッピングモ−タ(市販品)、工具ホルダ−とその端につけられたマイクロダイヤモンド工具(=先端径0.5μm)などから構成されている。モ−タの回転運動がダイヤモンド工具の旋回運動に展開され、この
"Flying Tool" が対象面上に移動方向に垂直に微細な溝加工を施すことができる。この加工ユニット自身も自走機械から圧電素子で支持されており、微小な工具送りがなされる。ここでは自走機械の移動と加工動作が連動して繰り返され、移動方向に垂直に非常に精密な格子を連続的に生成するのことが可能になる。これは丁度、ル−リングエンジン[刻線加工機]と同様な機能である。もう一方の自走機械のヘッドには投光・受光用光学素子が内蔵されており、光ファイバ−で導かれたセンサ−端面と対象面との距離をその反射強度から測定することができる。簡単な測定原理であるが、測定範囲が約2mmであり、0.1μm程度の分解能を有している。また左右に受光部(直径1mm)を2ケ所設けているため、対象物との距離だけでなくアライメントに関する情報も検出可能である。先に述べた微細加工用の自走機械と距離測定用自走機械が役割を分担し、協調作業することで非常に精度の高い作業が可能になると考えられた。すなわち図11に示すように、2台が接近した状態で、加工用機械に搭載された工具の位置を別の測定用機械が測定し、これをフィ−ドバック信号として工具位置決めアクチュエ−タを制御することである。図12には2台が作業領域付近まで移動し、そこで精密位置決めをしながら刻線加工を行う手順を示す。実験結果では、図13に示すように線間隔が1.0μmの超精密な刻線加工をガラス試料上に作成することに成功している。
5.4 マイクロハンマ−による微細塑性加工
図14には超小型のハンマ−を装着した自走機械を示す。このハンマ−はCDピックアップ制御用の2軸マグネットアクチュエ−タにより上下方向と左右方向に精密な位置決めが容易になされる。この先端には半径1mmの超硬球が取り付けられており、マグネットアクチュエ−タにインパルス信号を印加することで、加工対象面にこのマイクロハンマ−を打ちつけて半球形の加工(=微細塑性加工)が可能である。実験では自走機械を精密に直進させながら、マグネットアクチュエ−タで横方向の位置決めを行い、対象面(アルミニウム)に文字を描かせた。図15に加工結果を示す。加工痕は工具先端形状が転写された凹半球形であり、最大直径は約200μmまで変形可能である。ここでは“木”の漢字を約600μm四方に加工することに成功している。さらに分解能を向上させるために、横方向に閉ル−プ制御系を組み込み、ハンマ−先端の半径を5μmとした場合の結果を図16に示す[7]。この結果から、50μm
x 50μmの領域内に、1個の直径が約7μmの点で構成される“E”の文字を書くことに成功していることが分かる。
5.5 毛細管による微小物捕獲プロ−ブ
図17には小型自走機械による機械的加工で生じた切り屑などを捕獲するプロ−ブを装着した自走機械を示す。従来の微小物の捕獲方法としては、機械式把握、吸引ノズルあるいは静電吸着などの方法が知られている。しかしいずれも作動距離が僅かなため、作業機器を対象物に接触または接近させる機構が必要になること、圧力源や高圧電源、チュ−ブなどが必要になる、など小型自走機械で使用することが困難であった。小型自走機械に搭載可能であり、接近・捕獲・収納の一連の動作を行う機構が必要であった。そこで毛細管内部に水を蓄え、これを超小型マグネットピストンと対向ソレノイドにより瞬間的に伸縮させることで水滴を動的に変形させ、微小対象物に接近させるとともに、水滴先端部の表面張力で微小対象物を捕獲・収納する機構を開発した。図18には微小物(0.8mmの金属球、2.4mg)を捉える瞬間の連続写真を示す。実験では内径1.3mmの毛細管では先端水滴を約3.0mm伸縮させることに成功している。
5.6 磁気センサ−による追跡制御
これまでは主に加工機器を中心に述べたが、ここではセンサ−を搭載した例を紹介する。この研究では作業機器を搭載した多数の小型自走機械による知的精密作業の実現を目標としている。その場合、各自走機械の位置を座標計測システムで把握し、その情報を実時間で伝達することを想定している。しかし台数が増加すると情報系が複雑になり、軌道制御が困難になることが予想される。そこで同一の目標地に向う自走機械が自律的に先導自走機械の後を追跡する仕組みができれば、個々の経路制御が簡単になることは明白である。本研究で使用する自走機械が電磁石と圧電素子により移動しているが、移動面にこの磁気痕跡が僅かに残っていることを確認し、これを利用して追跡制御を行った。図19には自走機械が移動した後を磁気センサ−(ホ−ル素子)で走査した結果である。僅かであるが、対象物(S45C)の表面に磁気が残っていることが確認された。図20には磁気痕跡に基づく計測と追従制御システムを示す。実験結果では先導自走機械の痕跡に沿って経路制御することに成功している。
5.7 高真空中での薄膜制御
小型の精密自走機械の特徴の一つとして、特殊環境への容易な派遣が可能であることが挙げられる。ここではこの利点を生かす試みとして、高真空中で稼働する自走機械を試作し、これを用いて真空蒸着プロセスの精密制御を行った。図21に真空容器で動作している自走機械を示す。真空環境(〜10-5Torr程度)あるいはベ−キング処理(〜300℃)に対応できるように材料、接着剤、ケ−ブルなどに注意している。実験ではこの自走機械の試料ホルダ−に試験片を取り付け、蒸着雰囲気中で精密に移動させながら、金属原子群による特定の模様を堆積させることを試みた。図22に示すように、アルミニウムを蒸着源として、約100μm幅の2層からなる格子(薄膜の厚みは未測定)を生成することに成功した。種々の材料に対して実験を行い、機能電子デバイスの生成を目標に検討を進めている。
6.まとめ
>本稿では加工、測定および支援機能を有する多数の超小型ロボットにより実施される精密生産システムの基本構想について紹介した。電磁石と圧電素子で構成される小型精密自走機械の基本構造、性能を述べるとともに、各種の精密作業機器、アクチュエ−タおよびセンサ−を搭載した結果について説明した。現在、様々な精密機能を有する超小型ロボットを“増殖中”であり、またこのようなシステムを効率的に運用するために、階層的に分散結合されたCPU(=コンピュ−タに相当)により作業を知的に管理・制御する方法も開発中である。これらは簡単なCPUネットワ−クの下に計測機器などとも連係して機能するように構築されつつあり、小型自走機械や計測機器によって構成される“デスクトップ型フレキシブル精密生産システムの構築”に向けて研究開発を進めている。
備考: 明日の社会、技術を考える会、(財)社会経済生産本部、1995.7.7. 経団連会館にて特別講演(一部 加筆修正) |